Athletic GeeK

諸君、私はサカ速が好きだ。私もサカ速が大好きだ。


2009/06/05(金) 19:21:47


【競馬】愛国のヴィンセント・オブライエン元調教師が死去…Nijinsky、Sadler's Wells、Robertoなど管理

1 :ウインガーφ ★:2009/06/04(木) 02:32:56 ID:ςςςP
歴史上最も偉大なトレーナーとも言われるヴィンセント・オブライエン元調教師が、アイルランドの自宅で息を引き取った。92歳だった。

オブライエンは、エプソムダービー6勝を含む英クラシック16勝を、アイルランドではクラシック27勝をあげるなど、ヨーロッパのビッグレースをことごとく制し、アメリカでも、1968年にワシントンDCインターナショナルを Sir Ivor で、1990年のブリーダーズカップマイルを*ロイヤルアカデミーで制している。

元々は障害レースで名を馳せた人物で、史上唯一のグランドナショナル3連覇という記録を持ち、チェルトナムゴールドカップも4勝している。

1994年にトレーナーを引退し、その後継となったのがエイダン・オブライエン調教師(血縁はない)。彼の手掛けてきた名馬には、Nijinsky、Sir Ivor、Alleged、Sadler's Wells、Golden Fleece、The Minstrel、El Gran Senor、Ballymoss、Roberto などがいた。(後略)

http://bunny.s44.xrea.com/modules/bulletin/index.phpςpage=article&storyid=4811

※記者注:他に、Caerleon、Contrite(テンポイントの父)、Law Society、Storm Bird など。

・Great European Trainer Vincent O'Brien Dies
http://www.bloodhorse.com/horse-racing/articles/51035/great-european-trainer-vincent-obrien-dies
・ヴィンセント・オブライエン - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%B3


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2009/06/05(金) 13:51:09


【サンスポ】記者「麻生首相、杉村太蔵衆院議員が…」秘書官「終わりま〜す」

1 : タツタナデシコ(関西地方):2009/06/04(木) 20:35:05.91 ID:gyhvtApP
麻生首相、可視化で冤罪減るとは感じない
6月4日20時28分配信 産経新聞

【足利事件】

−−この件を受けて、冤罪防止のために、さらなる取り調べの可視化を求める議論が強まると思うが、首相の考えは

「可視化にしたからといって、途端にそれがよくなるという感じはありません」

−−そうは言っても、無実の人が捕まって刑に服することはあってはならない

「それ、今、答えた通りです」

−−そういった国家のあり方を考える上で…

「国家のあり方ってどういう意味ですか」

−−冤罪が起きない国にするために可視化は必要だと思わないか

「ぼくは基本的には一概に可視化すれば直ちに冤罪が減るという感じがありません」

−−杉村太蔵衆院議員が…

(秘書官「終わりま〜す」)

http://headlines.yahoo.co.jp/hlςa=20090604-00000621-san-pol

関連記事
小泉チルドレン・杉村太蔵議員、次期衆院選不出馬を表明
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20090604-OYT1T00780.htm



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2009/06/05(金) 12:24:35

【落語/コラム】あのとき落語が変わった 1978年、円生の落語協会分裂騒動

1 : ◆GinGaOoo.. @銀河φ ★:2009/05/30(土) 15:21:14 ID:ςςς0

 オーソドックスな古典派から、何が飛び出すかわからぬ新作派まで、現代の落語家は多士済々。「落語ブーム」なんて呼ばれるいまが当たり前と思うなかれ、下手すりゃかしこまって鑑賞すべき「古典芸能」になっていたかもしれないのだ。もし、保守本流のあの人が、反旗を翻さなかったら。(井上秀樹)

 金びょうぶを背にした黒紋付き姿の男たちが、報道陣の前に並んでいた。78年5月、東京・赤坂プリンスホテル。古典落語の第一人者、三遊亭円生が突如落語協会脱退を決めた。記者会見では、人気落語家を連れ出して「落語三遊協会」を発足させる、と打ち出した。

 「原理主義者」と呼ばれるほど円生は芸に厳しく、落語協会の会長時代は実力のない落語家を真打ちにさせなかった。会長を継いだ五代目柳家小さんは一転、大量の若手を真打ちに昇進させた。円生は強く反対し、たもとを分かった。

 マスコミは「落語協会分裂騒動」と書き立てたが、大勢はあっけなく決着する。古今亭志ん朝を始め新協会に参加予定だった主な落語家は、次々と落語協会へ復帰となった。円生は弟子たちを率いて奮闘するが、約1年後に急死した。

 この騒動が、一人の奇才落語家を花開かせる。

 三遊亭円丈、当時33歳。円生に入門し、分裂騒動の2カ月ほど前に真打ち昇進したばかり。円生の死後、落語協会に復帰した。

 騒動のさなか、新作落語のネタおろし会「実験落語」を始めている。

 「一生を賭けるんだったら、自分しかできない落語をやりたい」が、円丈の信条だ。落語人気は下降しているのに、昔ながらの古典ばかりが評価され、演じ手も古典をなぞるばかり。新作といえば、鈴木君と山田君が会話するような、台本作家による古典の焼き直しが目立った。「現代を感じない。もっと面白くできるのでは」。潜在能力を引き出せていない新作がもどかしかった。

(続く)

画像:落語協会脱退の記者会見で語る三遊亭円生(中央)。右は古今亭志ん朝=78年5月
http://www.asahi.com/showbiz/stage/rakugo/images/TKY200905300096.jpg

asahi.com
http://www.asahi.com/showbiz/stage/rakugo/TKY200905300097.html


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